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zoom RSS 雲の階段最終回

<<   作成日時 : 2013/06/20 09:50   >>

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初回から見てないし、その後も見忘れたときもあったので、楽しめたとは言えないが、最終回どうだっただろう。

ラストシーンは、正直意味が分からなかった。夢なのか、現なのか、続編を示唆しているのか。まぁ医者なんだから致命傷を与える傷はつけているだろうし、通行人もすぐには気づかない。あれで助かるのか。気が遠くなって夢ってみられるものなのか。? 理事長が出てきた時点で何かあるとは思わせたが、まさか殺すとは。しかも「俺はお前で、お前はオレだから」ってどういう意味だ。全部見てないものには意味がわからなかった。

それにしても、判決。軽すぎないか。まぁ医療ミスで被害者が出ているわけではないので、その程度なのかもしれないが。あれでは無資格医療を必ずしも否定していないと批判されても仕方がないのではないか。原作者は何か問題提起をしたいのだろうが、よくわからない。そもそも独房でハシをメスに見立ててエアーオペするシーン、怖かったが、手術ってああいう中毒的な快感をもたらす行為なのだろうか。それは医者にしかわからないことだ。だから異国の島でまた無資格医療を続けているのか? しかも明子が一緒で? あれが良くわからない。

医者とはどういう存在であるべきなのか、医師を育てる教育制度とは何故あるのか、医療資格とは何なのかを原作者は問うているのだろう。まぁそういうことをお茶の間に届けたということでこのドラマはすごいと思う。しかしそもそも、西洋医学が入ってきてからの日本の医者とはどういう存在だったのだろう。仁というドラマは現代の医者が江戸にタイムスリップするという奇想天外な話であったが、この雲の階段では、原初的な医療行為というものと、歴史を重ねて形成されてきた医療行為とを対比させて考えさせられたように思う。

原作者は医療という行為を通じて、人間を清濁併せのむ存在として描くということがしたいのかもしれない。そして人は皆不完全で、矛盾した存在であるということを。

だとしても、この三郎という人は心根の優しい人なのか、それとも手術という行為に快感を感じてしまう欲望の化身なのか、今一つ判然とせず、女性ファンなら長谷川博己の目線の演技があれば、それだけで充分なのだが、一体どこに感情移入すればわからない程に、翻弄されているうちに終わってしまった。彼は天使のようにも見え、心の中にはしっかりと悪魔が住んでいるようにも感じた。

まぁ、これは大友康平の熱演でようやくなぜ三郎が無資格医療に手を染めたかを最終回にして知った、ストーリーを全く理解していないものの感想でしかないのだろう。

その他、良かったシーンとしては、出所後の三郎の電話を受けるまでのタメというか、あそこは結構泣けました。早く電話をとれと、やきもきする反面、このまま取って欲しくないような。何とも印象深いシーンだったと思う。そう本当に信じて良いのは、この明子という人の愛情だけなのかもしれない。

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