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zoom RSS 松下政経塾出身者が途中で逃げる件

<<   作成日時 : 2017/07/28 13:11  

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こうまで、良く逃亡する例が続くと、この塾では何か決定的に教えていないことがあるのではないか、と勘繰りたくもなる。

野田氏は2回目。議員定数削減と引き換えに消費税引き上げという、マニュフェストと全く逆の政策を実施しようとして、国民に信を問うという賭けに出るが、これは国民には強大な裏切り行為と写り、安倍一強という流れを生んだ。

こういう流れになってしまった原因とは何だったんだろう。一体我々は何を目指して、この右往左往を繰り返しているのだろう。

この政経塾を出た人達は、共産党とはまた違った頭の良さがあって、それぞれに政策通だ。自民党時代の政官の共同作業による事前協議(政調・総務会)は全て悪習と決め、政策は政権側がすべて決め、官僚はそれを実行する機関に過ぎないとした。マニュフェストに書かれた内容は全て実行できる、霞が関には埋蔵金があると、そう彼らは喧伝していたし、素人である我々国民はその真偽を判断できる情報も能力もない。

ウルトラCはあったのかもしれないが(恐らく黒田バズーカのようなリフレ政策)、当時の民主党政権では、結局、財源に行き詰まり、政治主導をやろうと頑張れば頑張るほど、財務省主導にならざるを得なくなっていった、ということだろう。

放棄すべきは、マニュフェストの方だったのだろう。あるいは実現可能性を改めて検討して、イシューを絞るべきだったと思う。事業仕分けという、裏プロセスを「見える化」したことは国民の間で評価は高かった。その主役は今回辞めた蓮舫氏だった。

もしかしたら、事業仕分けという構造が、予算の元締めであり、中央官庁の親玉である財務省の役目に近いものだったという面もあろう。

そう考えていくと、蓮舫氏が野田氏を幹事長に据えて臨んだ民進党は、あの延長をもくろんでいたと評価しておけるのかもしれない。

政策通が大臣として実行能力があるか。これは民主党のエリート達が直面してしまった大きな困難だった。吾妻氏のミスター年金が、厚労省で空回りしたのは、何が問題だったのか。


彼らは、人と対話する能力、妥協点を見つけて、集団の中で実現していく、という能力が決定的に足りない。理想論を研究し、解決策を探ることは大いに結構なのだが。それは研究者か評論家の世界だろう。


個々の政策通が信条を上げ、それを合本しただけのマニュフェストという美辞連句。その各文言が相互にどう関係しあい、どれを優先順位づけて、どうパッケージ化していくか、そこには対話や妥協、新たな道を探るといった人間らしいプロセスが必要だったのではないか。

それを彼らエリートは、理想論に燃えるあまり、軽視して、政治結社足りえなかったということなのだろう。

この一枚岩になれない感じ、事業部制という松下の組織論の限界なのではないか。カリスマのいない独立独歩性の悲劇。政治が事業部の集合で良かったのは昔の話。各事業部が共食いしかねないほどに、行政を取り巻く環境は複雑化していよう。その上での判断が必要なのに、そうした政策が出てきそうだな、という期待感は感じられない

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